開発部 泉谷 春樹

 

怒っている… 呻いている…
この形相はただごとではない。断末魔の叫びを誰かに向けて発している。
いったいこの森に何が起こったのだろう?
森の深い緑は安定とか停滞をイメージし、人の思考を停止させ頭を空っぽにするらしい。
樹木が発散する「フィトンチッド」という物質が自律神経の働きを活発にするという。
森に漂う香気の驚くべき作用が化学的に分析されたわけだ。
しかし、森林浴のしすぎにはご用心。
会社で異例の出世をしたり、大金を得たい人にとっては森林浴は危険だ。
緑の中に身を置けば、人は何故明日をのみ思い、
ガツガツ働かねばならないのかと考えるようになるから。
地位や名声、金には縁遠い人生だけど、平和で質素な人生を送りたい人は
どんどん森林浴をしましょう。難しいことは一切考えなくなり、
緑の啓発が人に悟りを開かせる。
巣箱の中で冬のあいだ人間からヒマワリの種をもらって生きてきた小鳥たちは
この世の人間を信用しきっている。
そうして生き延びてきた彼らはもう私たちを信頼するしかない。
その巣箱を庭に移して自然そのものをペット化したいと考えるのは人間のエゴだ。
しかし小鳥たちは冬中ヒマワリの種で生き延びたのだから、
新しく掛け替えられた巣箱と運命を共にする。
そこまで世界を疑ってしまってはもう生きてはいけないということを悟っているからだ。
たとえ人間の裏切りがあっても、それを自分の運命として潔く受け入れる。
凄まじい形相に変化したこの老木は「悟り」のできなかった木である。
木々の香気と引換えに、人間が森に返したものは「開発」という裏切り。
やがて切り倒されるであろう運命に苦悩し、声なき叫びを発し続けるのか。
今、世界の森は3秒間にサッカーコート一面分が失われているという。
森を創造し、デザインしたのは神である。
その完全なデザインを人はどこまで破壊し続けるのだろう。
写真:名もなき森にて